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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)70560号 判決

原告 株式会社オリエンタル商会

被告 石崎行道

主文

原被告間の当庁昭和四四年(手ワ)第三七三四号約束手形金請求事件の手形判決の主文第一、二項を左のとおり変更する。

(一)  被告は原告に対し三〇万円及びこれに対する昭和四四年八月二四日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用はこれを五分し、その三を被告の、その余を原告の各負担とする。

事実

一、請求の趣旨

1  五〇万円及びこれに対する昭和四四年八月二四日から完済まで年六分の割合による金員の支払。

2  訴訟費用被告負担。

3  仮執行の宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

請求棄却、訴訟費用原告負担。

三、請求の原因

原告は被告の振出した別紙目録〈省略〉記載の表示のある約束手形一通の所持人であるところ、満期に支払のため呈示したが支払を拒絶された。

よつて右手形金及びこれに対する満期の翌日から完済まで法定の年六分の割合による損害金の支払を求める。

四、請求原因の認否と抗弁

1  請求原因事実は全部認める。

2  (抗弁)被告は資金調達のため、昭和四四年六月一七日訴外塩田大洋に割引方を依頼して本件手形を交付した。同訴外人は本件手形を訴外松岡輝繁に割引方を依頼して交付し、松岡は更に原告に割引を依頼して交付したのである。原告は松岡から本件手形の交付を受ける際、右振出並に裏書の経緯を知りながら本件手形を取得したものであるが、今日に至るも割引金を交付しない。従つて、

イ  原告は、本件手形が割引のために交付されたものであることを知りつつ、しかも割引金を支払わずに本件手形を取得したものであるから、本件手形上の権利を取得する理由がない。

ロ  原告は本件手形の騙取者というべく、正当なる権利者とはいえない。

五、抗弁に対する認否

抗弁事実中、原告が訴外松岡から本件手形の割引を依頼された事実及び原告の悪意取得の事実を否認する。

原告は訴外松岡に対し三〇万円の貸金債権を有していたところ、昭和四四年七月九日右貸金の支払のために同訴外人から本件手形の裏書譲渡を受けたものである。

六、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因事実については当事者間に争がない。

二、そこで被告の抗弁について判断する。

成立に争のない乙第三号証の一ないし三及び同第四号証、証人松岡輝繁の証言(後記措信しない部分を除く)及びこれにより成立を認める甲第四号証、被告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)及びこれにより成立を認める乙第一及び第二号証、証人塩田大洋の証言、原告代表者本人尋問の結果を総合すると、被告は訴外塩田大洋の二四時間以内に三〇〇万円の手形を訴外日商ハウス株式会社で現金化してくるとの言を信じて、昭和四四年六月一七日本件手形を含む約束手形五通(額面合計三〇〇万円)を振出し同訴外人に交付したが、塩田が右約束を履行しない為右訴外会社に照会したところ塩田の話が虚偽であつたことを知り、自己の取引銀行に口頭で被詐取を理由とする事故届をしたこと、塩田は訴外松岡輝繁に本件手形の割引を依頼したところ、松岡は同年七月九日原告方ヘ本件手形を持参して割引を依頼し、割引金から松岡が原告に対して負担している債務額を差引いた残額を交付してくれるよう申込んで本件手形を裏書譲渡したことを認めることができる。証人松岡の証言中右認定に反する部分は容易に措信できない。右の事実によれば、本件手形は割引依頼の趣旨で被告から塩田、松岡へと転々譲渡された事実を認めることができるが、抗弁の中心である原告の悪意については、証人松岡の証言中被告から割引依頼を受けた事実を原告代表者に説明して本件手形を交付した旨を述べる部分は前掲証拠に照らして措信せず、他に本件手形取得当時原告が被告以外の第三者から本件手形振出の原因関係を知得した事実を認めるに足りる証拠はない。もつとも、被告本人尋問の結果の一部及びこれにより成立を認める乙第七号証の一ないし五によれば、原告は本件手形取得当時頃、本件手形の手形要件を記載したメモにより自己の取引銀行である三井銀行京橋支店から被告の取引銀行にして本件手形の支払場所である日本勧業銀行池袋支店へ振出人の信用照会をして本件手形が被詐取手形であるとの回答を得、またその直後に原告代表者自ら直接被告に電話して本件手形振出しのいきさつにつき被告から説明を聞いた事実を認めることができる。しかしながら、問題は原告が右の確認をして振出の事情につき悪意になつた時点が本件手形取得より以前か以後かということである。この点につき証拠を検討するに被告が右の確認を受けた当時作成したと認められるメモ(乙第七号証の四)には七月七日と日付の記載があるが、被告本人尋問の結果によればこれは後日調査の結果記入した日付であることが明らかであるから、これをもつて右確認が七月七日になされたものと速断することはできず、被告本人尋問の結果中右確認のなされた日は日記帳及び松岡にたずねて調査した結果七月七日であると判明したと述べる部分も容易く措信することができない。なんとなれば、前記乙第七号証の四には七月七日の欄に「メンドウナコトニナツタ」デンマツ」イシサキ松岡アテ」なる記載があり、これによれば被告は原告から本件手形の確認を受けた日に訴外松岡に電報を打つたものと推認することができ松岡にたずねて調査したという右供述と辻褄が合うようにも思われるが、被告本人の供述中には右確認のあつた時点では「松岡という人なんか全然私にはわからない人ですから」と矛盾する趣旨を述べる部分があり必ずしも被告本人尋問の結果は全面的に措信できないという印象を受ける上、弁論の全趣旨(本件記録に添付されている強制執行停止事件記録中にある被告作成名義の上申書中には七月九日に確認を受けた旨の記載がある)及び原告代表者本人尋問の結果に照らすと、果して原告代表者のなした確認が被告主張のとおり七月七日ないしは本件手形取得前であつたかについて疑問を抱かざるを得ないからである。

結局抗弁事実中悪意の点はこれを認めるに足りる証拠がなく、詐欺の点もこれを肯認できる証拠はないから被告の抗弁は失当である。

しかしながら、原告は本件手形を訴外松岡から貸金三〇万円の支払のために裏書譲渡を受けたと主張するところ、原告代表本人尋問の結果及びこれにより成立を認める甲第一及び第二号証、同第三号証の一及び二、同第五ないし第六号証並びに同第七号証の一(但し第七号証の一の官署作成部分の成立については当事者間に争がない)を総合すれば、原告は本件手形取得当時訴外松岡に対し三〇万円の消費貸借債権(たゞしうち二〇万円は保証債権)を有しその支払のために本件手形の裏書譲渡を受けた事実を認めることができ、証人松岡及び証人塩田の各証言中右認定に反する部分は措信せず、他にこれを左右するに足る証拠はない。してみれば、原告は訴外松岡に対し本件手形金額中三〇万円を超過する部分についてはこれに対応すべき原因債権を有しないものということができる。

そして、振出人から所持人に至る原因関係がすべて消滅し又は不存在である場合、振出人は手形振出の原因債務不存在の抗弁をもつて所持人に対抗することができるのであるが(最判昭和四五年七月一六日判例時報六〇三・九〇参照)、この理は所持人とその前者との間で手形金の一部についてのみ原因関係が存在しない場合においても同様にあてはまるものと解すべきであるところ、本件においては被告の抗弁事実に照らして右のいわゆる二重無権の抗弁の主張があるものとみることができるから、進んでこの点につき判断する。

叙上認定の事実によれば、本件手形は被告から訴外塩田へ、塩田から訴外松岡へ、松岡から原告へと譲渡されたところ、被告と塩田との間及び塩田と松岡との間の原因債務は当初から不存在であり、松岡と原告との間では三〇万円の限度で原因債務が存在するのみであることが認められる。してみれば被告は本件手形金額面五〇万円中二〇万円については原因債務不存在の抗弁をもつて原告に対抗することができるというべきである。被告の抗弁は右の限度で理由がある。

以上の次第であるから、原告の請求は三〇万円の限度で理由かあるからこれを認容し、その余を棄却することとし、民訴法九二条、四五七条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 清水悠爾)

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